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「ありがとう トニ・エルドマン」雑感。

 投稿者:みきお。  投稿日:2018年 1月 3日(水)20時33分3秒
  2時間40分の長尺物だったけど後半 物語の展開が早く為った感じで
終わって見れば2時間物と大差 無く「いい映画」の範疇に入るのだろうと
思った。観てる時間が短く感じられるんは「いい映画」の必須だから。

ストリィは 都会で肩パット入れた服装で颯爽と仕事しとる娘に会いに行く
父親と其の娘の掛け合いなんだけど 両人とも かなりの意地っ張りだから
あらゆる場所で衝突してしまう・・ってな展開。
さう云う中に在って印象に残ったシーンは或るホームパーティの場で
父親の伴奏で娘が歌を披露する場面。イケイケの仕事娘が少し厭世的な歌詞を
ホイットニー・ヒューストンのやうな歌唱で歌い挙げ部屋を出てゆく場面。
ナチュラルな娘の素顔を皆に披露する事が出来た父親の歓喜の顔が印象的。
部屋は東方教会・ギリシア正教会の復活祭の通俗的な集まりみたいだったけど
その中でゴスペルのやうな歌詞を上品に歌い挙げた彼女に万雷の拍手が
湧き上がったんが印象的だった。

一連の場面を観ながら川端康成の小説「山の音」を映画化した時の 父・山村 聰
義理の娘・原 節子のシーンを思い出してた。
昭和29年の成瀬(巳喜男)監督の作品なんだけど 会社重役の父の会社へ弁当か何か
長男の嫁の原 節子が持って行く場面が有ったかと記憶して居て
それで二人の相対場面が想い出されたのだけど その時の山村 聰の娘に対する目線と
本作の父親役の目線とが似通ってて驚いた。

その本作の父親には怪優のジャック・ニコルソンが演じてるらしかったが
体形が まるで晩年のチャールス・ロートンで若い頃の颯爽体形 知ってる身として
寂しさを感じたのだけど 戦前期のドイツ映画は確か怪奇映画の宝庫だったので
彼が おふざけで「ノートルダムの せむし男」に似せた変顔してたんも
黄金期のドイツ映画に対する玄人筋の郷愁ってな処で関係者から映画が高い評価を
受けた一助と為ったのかも知れぬと感じた。

本作はヒットした文芸小説の映像化ってな趣旨らしい。
でも娘の職場の人間関係が少し ややこしくて解り難い点が有った。
昔風に単純明快が良いと感じた。
エキゾチック美女・マール オベロン と 貴公子然のローレンス
オリビエが出演してた「嵐が丘」の逢瀬の場が懐かしく思い出された。



 
 

「ボブという名の猫」雑感。

 投稿者:みきお。  投稿日:2017年12月31日(日)15時44分21秒
  日本でも有名だった機知に富んだロンドン生まれのコメディアンのボブホープには
ボードビリアン的な要素が強かったけど 本作に登場する猫も相当ボードビリアン的な
芝居猫だった。おそらく王立演劇学校あたりに所属して居るホンマモンのアクター猫
だと感ずる程の演技力だった。

映画は 迷い猫を拾ったストリート・ミュージシャンの更生劇なんだけど
冒頭は英国人気質らしい言葉遊びのタイトル表示で「007」の導入部を想起させた。
彼に関わる女性は3人。一人目は麻薬の更生に携わる公的施設で働く理知的な女性。
二人目が職業不詳ながらNGOの「グリーンピース」のやうな思考を持ったナチュラルな人。
三人目が公的施設から落ちこぼれた中毒者を救う民間施設で働く褐色肌の女性。
この3人が「ジャンキー」と呼ばれるヘロイン中毒者の彼を救ってゆく介護者と為ってゆく。
3人は今の英国女性の三つのグループの夫々の代表者のやうな存在で在った。
主として生活経済面での色分けとして。

キャメラは時々猫の視点で回され・台所の下の壁の隙間から出入りする鼠なんかでも
鼠の目線で周囲が映し出されてて 思わづ1970年代の鼠と少年の交流を描いた
映画「ベン」のワンシーンを連想させた。

オンタイムで昔 観た自伝的映画「わが心のふるさと」は ボブ・デュランが憧れた
吟遊詩人 ウディ・ガスリーの物語だったけど 本作のミュージシャンは誰に憧れて
その道に入ったのだろうか・・?



 

「シンクロナイズド モンスター」雑感。

 投稿者:みきお。  投稿日:2017年12月31日(日)02時56分7秒
  主演の女優は今が旬らしい。
でも自分的には初めて見る顔で1970年代の日本男子の股間を熱くした
ポルノスター クリスティナ・リンドバーグと顔立ちが似てたので懐かしを覚へた。
と同時に舞台が田舎ってな事も有り出演者が時代的に古メの雰囲気で
映画全体に70年代~80年代のムードが漂ってた。

物語は何だかネットゲームから無理に引っ張って来たかのやうなストリィ。
観客に何を伝えたいのかがチンプンカンプンの呈で今風の若者でしか
付いてゆけない部分を多く感じてた。
のだけどラスト場面に為って やうやう物語の筋が読めて来た。
要するに 小学校の児童の同級生同士の他愛も無い喧嘩。
それが長じて大掛かりなファンタな喧嘩へと移行したモノ。
さう云う映画だった。

ファンタな喧嘩の代行場所が韓国のソウルだったり・主人公のが日常
使ってるパソの表の柄が有名な日本画で彩られてたりで かなりオリエンタル趣味を
感じたのだけど この製作者も兼ねてる云う主演女優は かなりナウイ・
今風に敏感な人なんだろと感じた。
日本の女子に・中年に入り掛けの女子に憧れを抱かせるタイプの人だと思う。
つぶらな瞳でスタイル良いし・ダメぶりも真面目ぶりも適当ってのが
受け入れられる要因なんだろうと思う。
実際 私なんぞも見てて恋人に欲しいと思う程・・だった。

この女優サンみたいに お顔が可愛い・可愛い人は存外 気性が男・男だったり
する場合が多いし 若くしてオスカー女優でプロデュースにも乗り出す人って
映画界にシンクロした怪物(モンスター)なのかも知れない。
タイトルのネーミングは映画の事ぢゃ無く 主演の人の素顔かも。

 

上映希望

 投稿者:ひろみ  投稿日:2017年12月30日(土)15時42分52秒
  シーモアさんと、大人のための人生入門

上映希望です

https://vimeo.com/ondemand/uplinkcloud057

 

リクエスト

 投稿者:優佳  投稿日:2017年12月24日(日)08時58分35秒
  『花筐/HANAGATAMI』を上映して欲しいです。宜しくお願いします。  

「少女ファニーと運命の旅」雑感。

 投稿者:みきお。  投稿日:2017年12月21日(木)21時58分47秒
  1965年 公開の「サウンド オブ ミュージック」では オーストリアから
スイスへの逃避行だったけど 本作は それより4年程度後のフランスから
スイスへの年端も行かぬ子等のみの逃避行。時代的に云うても本作の子供等の
方が逃げ方が難しかったかと思う。

17歳の娘と眼鏡の少年の二人は如何にもユダヤ人的な顔立ちだったので
(この二人は捕まるな)。と思ってたら全員 国境を越えられたので快哉!を
心の内で最後に叫んで居た。

観ながら 満蒙開拓団に居てロシアの南下と同時に住んでた所を追われ
命からがら内地に帰って来た当時の少年少女達の大変さを想起したのだけど
1920年代だったかに活躍した伝説の歌姫 ファニー プライズに1960年代の
映画で扮したバーブラ・ストライサンドはブルックリン生まれの鷲鼻のユダヤ系だった。
「ファニー」と云う女性名は元々がユダヤ女性を指す名前かと思った。

どんな名優も子役には敵わない。と云う。
本作に出てた子役達が今後どんな映画に出て・どんな役柄を演じるのか?
シャーリー・テンプル並みの後世に名を残す名子役に成れるのか?
興味津々で席を立った。
 

「ハイドリヒを撃て!」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年12月10日(日)19時12分39秒
  連合国側 絶対善の映画には僻々してるので「見たくない映画」で有ったのだけど
時間が有ったので観に来てみた。案の定 ラスト30分間の激しい銃撃戦には僻々した。

実際に有った歴史的事実に基づく戦争映画ださうだが 同じ題材で「暁の7人」と
云う映画が1975年に作られてるらしい。当時は 私は一番よく洋画を観てた
時期なのでオンタイムで見てる筈だと思うんだが どうも記憶が無い。
米映画には あまり登場する機会が少ない東部戦線が舞台だから記憶には
残らなかったのかも知れない。

独逸軍の一中隊が登場する最後の場面を除けば 映画は全体として地味で密室劇に
近かった。それも其の筈で主人公の二人はゲリラの狙撃犯で決行までは屋根裏に
身を潜めて居ないと為らぬ身。まるで アンネ・フランクのやうな生活を強いられて
居た。軍事的に見れば敵の大将の首の一つや二つ挙げた処で戦況には何ら影響
しない処か 敵の激しい怒りを買い無辜の人民が殺戮されるだけの結果に終わるんは
素人でも想像が付くのだけど 事は軍事作戦ぢゃ無く・迷ってる同盟軍を戦争に
参加するやう促す政治的な意味合いなので ああした形に為ったんだと感じた。
俗に云う「損して元を取れ」云う奴で わざと日本軍に真珠湾を攻撃させて置いて
「真珠湾を忘れるな!!」のキャッチコピーの下 自国内を対日戦争で固めた
かっての米国の手法と同じだと思った。
ナチに翻弄されるチェコの人々ぢゃ無く・西側の政治力学に翻弄される現地の人々が
痛々しく思へた。

かなり重苦しい画調なんだが 当時の人々も少しは息抜きは してたらしく
蓄音機から流れる名盤「スターダスト」の歌声に合わせ男女が部屋で踊るシーンも
一瞬 有って それなりに生活を楽しんでたのも偲ばれた。
時代設定が1940年代の前半なので背景の街の様子なんぞ どうするのかと
思いきや どうも当時の街頭写真なんぞ引っ張り出し・それを機械的に動かし
動画として・其処に人物を嵌め込むやうな作り方を してたかと思う。
かなり大時代的な手法で驚いたのだけど 見てる側が何だか自分がタイムスリップ
してしまったかのやうな錯覚にも捉われ巧い使い方だと感心した。

主人公二人の内 一人はボヘミア系らしかったが イタリア移民の子として
米国の司法と闘った二人の男の事を思い出した。
サッコとヴァンゼッティ。1971年の映画「死刑台のメロディ」の主人公に
為った人物だ。差別に因る冤罪事件で1920年代に死刑に為った人達だけど
いつの時代でも国家と相対する男は気高く美しい・・。
 

「愛を綴る女」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年12月 2日(土)18時31分22秒
  家に帰ってグーグルで くぐったら 劇中 何度も背景音楽として
使われてた チャイコフスキーの「四季」は正確には「組曲・四季」で
使用されたんは その中の「6月・舟唄」って云う小品だった。
アップされてた動画の中には単に「舟唄・チャイコフスキー」と云う
タイトル画も有ったので ピアノの心得の有る人達の間では一種
定番曲の一つなのかも知れない。主人公の女の心情を的確に表した
上手いクラシックの使い方だと思った。第一「舟唄」ってのは俗謡的には
男女の愛憎劇みたいな意味合いも有るしで。

のっけから話は余談に為ってしまったけど 映画は仏映画らしい詩的な描写が
多く それで居て散文に過ぎづ・シッカリ韻も踏んで居て 良く出来た
欧州映画だと感じた。
夫と為るスペイン人の中年男はフランコ将軍の元から逃げて来た経緯も有り
愛人に為りかけの若い仏の大尉は仏領インドシナからの傷病兵 云うので
1950年代の早い時期の物語だと思った。

主人公の女は前々から心を病んだ状態。通常なら座敷牢に入れられて不思議でも
無い程なんだが 村では資産家の娘なもので さうは為らない。
母親は行く末 心配してスペイン人の雇われ農夫を婿に迎えるんだが
性根の腐った娘には親心も届く訳も無く・・ってな前半部のストリィ。
まぁ 仮に俺が夫なら戸板に打ち付け大川に流すんだけど 怪談「累が淵」の
やうな手荒な事は しない夫。何処まで行っても「忍」の一字の夫だ。
聖書。つまり福音書の「受胎告知」に登場する天使は確か名がガブリエル
だったかと思うのだけど 洋画に登場するガブリエルには悪女とか悪妻が多い。
西洋の白魔術・黒魔術との関係みたいな物で コインの裏と表との関係
なのかも知れぬ。

主役を張った女優は「オスカー女優」らしい。
少し注意深く顔立ち見れば目元など若かりし頃のC.C(クラウディア・カルディナーデ)
や岡田 茉莉子 に似て居て 映画界と云う男社会の中では男顔でないと
伍して征くのは難しい・・のかと思った。

ラスト。夫婦 二人 海辺を見ながら微笑み合う のだが 若し次の場面を
繋ぐのなら 隠し持った鈍器で夫は妻を殴り殺すと したい。
そのシーンから始まる「愛を綴る女・第二章」を期待しつつ客席を後にした。
 

「VVITCH」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年11月25日(土)19時56分36秒
  色々な意味で「意味深」な映画だった。
中世末のイングランドの話かと思ってたら実はニューイングランドの西部開拓時代の
設定で 完全な肩透かし。でも終わるまで一度もトイレに立つ事も無く引き込まれ
低予算で此処まで引っ張られれば「良い映画」だと感じた。

ダーク・エンジェルの冒険活劇に為るのかと観てても最後の最後までダークは
ダークでも単なるホラー・サスペンスで まるで「騙し絵」のやうな上手い
作りだった。監督が著名な映画のリメイクに抜擢されたと云うが「さも 有りなん」
の印象だった。主演の少女役の女優もデボラ・カーの少女時代のやうな感じで
可憐の中にも華と凛とした趣が有り 此方もメジャー作への抜擢が決まってる由
小品ながら将来 映画史的に語り継がれる作品と為る予感も する。

チラシにも書かれて有った通り「ホントは怖いグリム童話」のコンセプトと
同じ方向性で 30代の頃に観た「トワイライト ゾーン」を想起した。
日常の中に潜む怪奇性で云うなら 日本で云うと江戸時代の「百物語」の挿絵の
ろくろ首の世界に為るのだろうか。
ロウソクの灯りだけで夕の祈りを捧げる家族は まるで古代ローマのカタコンベ
に似た空間に居て 当時の開拓民の宗教観が偲ばれ興味深かった。

原罪だの祈りだの 旧約聖書の「ヨブ記」だの新約の「黙示録」だのが家族で
日常的に飛び交い バックボーンにカトリック信仰を持った経験が無いと
この映画の深さ・面白さが半分しか伝わらないだろな と思った。
「ローズマリーの赤ちゃん」でも「エクソシスト」でも根底 流れてるのは
神VS悪魔の構図。言い古された事だけど多神教の中に住む日本人には中々
一神教の世界は理解し難いのでは?と感じた。

映画は文化。洋画は異文化との出逢いの場。改めて さう思ふ。
 

「50年後のボクたちは」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年11月23日(木)02時08分24秒
  リチャード・クレーダーマンのデビュー曲「渚のアデリーヌ」が何度も
効果的に使われて居た。この曲はFBCラヂオの番組間の間奏曲として
長らく使われてて耳に馴染んでるので懐かしかった。
特に主人公の二人が4WDで農道の一本道を疾走する場面を鳥瞰図的に
俯瞰撮影してる時に多重音で使われ実に効果的で有った。

物語的には ジョージ・ロイ・ヒル監督の「サンダスとブッチ」の珍道中の
やうな感じで 途中 女が入るのも 又 抜けるのも同じ。
音楽も前者が大バッハのジャズ・バージョン化で 後者は復古調のクレーダーマン
だから趣向も よく似てる。チラシにも有る下が満面の水で岩山に主人公達が
は 前者の二人が断崖から飛び降りる場面の背景と よく似てる。
たまたま かも知れないけど 作者は映画「明日に向かって撃て!」を観て
誘発されたんぢゃ無いのかと想像してしまった。
若し マイクとチックって云う14歳の二人の少年が そのまま成長して
タイムマシンか何かで米国の開拓時代の中西部に転送されたら サンダス・ブッチに
為って列車強盗~ボリビアで軍隊にハチの巣の呈だろが 本編は高速の
クルマ事故程度で済み命には別条 何んとも無かった。
本の原作者も主人公達に優しいのだと思う。

映画自体 面白かった。
技巧に溺れ引きづられてしまいがちの中に在って上手く技巧を使いこなして居る。
チラシに有る通り監督は「名匠」なんだろうと思う。
所謂「職人芸」と云う奴で続けて老人の映画も難なく作れるだろなと感じた。
観ながらホント50年後のボク達を描いた作品も続編として世に出して
欲しいと思った。それも其れで面白い作品に仕上がると感じた。
 

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