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 投稿者:ぴーちゃん  投稿日:2017年10月13日(金)23時21分53秒
  『南瓜とマヨネーズ』
観たいです!是非お願いします!
 
 

「素敵な遺産相続」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年10月 9日(月)19時58分16秒
  1970年代後半 大猿と共演したジェシカ・ラングは下品な言葉を使うと
当時 一発屋かと思ってた。でも再見したら違ってた。その間 相当 精進・努力
したのかと感慨深いモノが有った。
シャーリーは10年程前に為るか 彼女が書いた霊的な本を買って読んだので
改めて彼女の飾り気の人柄・等身大の生き方を知って 極めて意味深な
ブッキングだと思いながら銀幕の前に座ったのだ。

5万ドルの筈が保険会社の手違いで5百万ドルに化けて大金を手にした二人。
何処へ行くかと思いきやスペイン人が好きなカナリア諸島へ。
ラジオ・スペイン語を学んで5年の私に取っても憧れの地で ホテルの受付嬢から
ボーイまで当然の如く流暢なスペイン語で羨ましく 且又 眩しかった。
ギャング団のボスが嫁ハンに頭が上がらぬ冴えない男で 詐欺師も含め
登場人物が皆 善人として描かれてて ボブ・ホープが「ルーシー ショウ」に
出演してるやうな感じで 今の米国大統領が目指す・好む社会文化性と相通じる
部分を感じて シャーリーがミュージカルの「メイム(おばさん)」を演じてる。
そんな気がして来た。
若し ルーシー(ルシル・ボール)が演じたら爆笑&爆笑だったろうけど
シャーリーが演じたから かなりシリアスと為ったんだろうと思った。
良くも悪くもアメリカ人好みの楽天的な肩の凝らない洒脱な映画。
 

「家族の肖像」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年10月 4日(水)20時16分21秒
  初公開当時 国内の映画評論家は全員 この映画を褒めて居た。

どんな名画でも一人や二人はサオサス人が出て来るもんなんだが 本作は皆が皆
だったんで「なら 今更 改めて観る必要も無い・・か」。と当時は観なかった。
今回 デジタル・マスターの修復版なので初公開当時より鮮明だろと思い
見る気に為った。お目当ては シルヴァとドミニクの二人の欧州女優。

結論から云うとラストの10分を除き退屈な映画だった。
離れた座席から観客のイビキも聞こえたが実際 私も半分 寝て居た。
帰ってからネットで調べて見たら「監督は当時 体調が悪く歩き回られる体力も
無かったんで室内劇と為った」。と書かれて在ったが まるで米国映画の
「12人の怒れる男達」のやうな閉塞感が有って 観て居て爽快な映画では
無かった。又 舞台劇を映像化して見せてる手法にも板張りの舞台を観る事の
無い身に取って しんどい ばかりで 玄人受けは しても私も含め
素人受けは しない映画だと感じた。
「なんでも有りが映画」って云う視点に立てば かう云う映画も在って 然るべき
とは思うのだが ベルイマン映画とは違った意味で相当に「難しい映画」だと気づいた。

1970年代の映画だけど感情促進音楽も随所に散りばめられ まるで1940年代
前半の映画みたいで 時間の流れも大時代的。私が好きなグリア・ガースン主演の
「心の旅路」の持つ時代性と雰囲気的に似てたので驚いた。
ドミニク・サンダ 演ずる老教授の おそらく若い頃と思われる母親のフラッシュ
バックの現れも在って 監督は耽美的 回帰主義 だと受け取ったのだが・・。
 

「ムーンライト」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年 9月28日(木)22時18分30秒
  「♪秋の夜長の~・・」。最近 好きな大橋節夫の和製ハワイアンを心で口づさみつつ
夜さり来たけど やっぱ秋も深まり夜は寒いですね。

本編は オスカー・ゴールデン グローブ 両賞受賞の作品だけ有って
詰まらない映画では無かった。その点は評価したいんだけど「感動」だの
「愛」だのと為ると かなり疑問符。
一般の米国人が映画に於けるアートを どう捉えるか?って意味では
良い教材とは思うけど 私的には よく解らない映画だった。
映画劇として あまりメリハリが無く単に物語が流れてゆくだけ。
ってな印象だった。其処が此の映画のメッセージなんだろうけど正直
眠たく為りました。

冒頭のハンディ型と思われるキャメラを ぶんぶん振り回す撮り方は
ゴダールのやうで有り 海と夕日?との対比はルルーシュのやうでも有りで
スタッフは欧州人?と観ながら突っ込みを入れたく為った。
ゲイを扱ったシーンも有ったので「ベニスに死す」を思い出したのだけど
事は さう云う単純なモノで無く「自分 探し」の映画なんだろうと感じた。
オール黒人の かなり挑戦的な映画造りだけど 音楽はドビッシー・タッチの
クラシック有り・オールディーズ調 有りと豊富で映画に厚みが出来た感じ。
話の筋より制作スタッフの力量に魅せられた。

仏教には「輪廻」と云う言葉が有るが 主人公や母親 見てて さう思った。

 

「海辺のリア」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年 9月25日(月)14時57分57秒
  仕事の中休みが長かったんで思い切って来てみた。
元来 現代日本映画は好きでは無いんだけど時間が空けば来るのがモットーで
あんまり映画の選り好みは しない方。

本編は 一口に云えば 仲代達也の生前葬。
実際 バックに葬送行進曲も重々しく掛かってたし ジェームス・スチュアートや
サー・ローレンス・オリビエにも成れ無かった男のローマ時代の野外劇。
そんな映画だった。認知症の問題にも触れては居るけど それは結果として
さう云う描き方に為っただけで主体は一役者の晩年をザックリ描いて魅せた。
そんな作品だった。

観ながら 昔 観た「午後の遺言状」の杉村春子・音羽信子の演技を
思い出してたのだが 本作は仲代の遺作に為るのか・・と云う思いがした。
でも かう云う大円団の遺作と云える映画に出れる事自体 最晩年まで主役を
張ってると云う証で 常に戦前から脇役だった飯田蝶子サンなどは死ぬまで
脇役だった訳で その点 恵まれた役者なんだなと感じた。

認知症の問題は・・。観てて周囲が認知症だと思った。
「認知症って あぁ云う病気なんだな」と周囲がシッカリ認知して居れば
激するトラブルだの怒りだの お互いが生じない筈。
生じるのは壊れてゆく当人を周囲が認知したく無いと云う一点が原因。
さう云う意に於いて認知症って大所高所の目線で云うと周囲が認知症で
その写し鏡が当人の認知症。文学的表現だけど そんな気がした。
 

「おとなの恋の測り方」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年 9月23日(土)20時40分13秒
  前々から この映画は観たいと思ってた。
ラインアップも変わり本日が初日。世の中は秋の彼岸。
「だから絶対 観てやるぞ!」。そんな気持ちで前々から楽しみにしてた。

楽しみにしてた以上に中身は更に楽しいモノだった。
点数 付けると 130点は固い。百点満点で。
冒頭 ヒロインが長い外套 着て画面に現れるんだが その立ち姿が既に素敵だった。
髪はブロンドなので「シェルブールの雨傘」のヒロインを想起させた。
トレンチ・コートのやうな男女が着れるコートは やはり欧州女の専売特許で
米国女が仮にマンハッタンで着用しても似合わないと感じた。

映画の中程のダンス教室の短いシーンで「愛情物語」の有名なピアノ曲が流れ
キム・ノバックの ふくよかな横顔とヒロインの横顔が少し だぶって見えた。
他 流れるやうな甘い旋律の歌が全編に流れ まるでシネ・ミュージカル仕立て。
時間もユックリ・たおやかに流れゆき ケイタイが無かったら1940年代の
映画のやうだった。
「君の心に障害が有る」。さう云ったんはヒロインの確か父が自らの妻に対して
だったけど 本編の数少ない固いメッセージだった。

舞台は港町マルセイユ。さしづめ日本なら神戸・三ノ宮を歩いてる男女のカップル。
オシャレでオシャレでオシャレで素敵な映画だった。
 

「セールスマン」雑感。

 投稿者:みきお  投稿日:2017年 9月 9日(土)16時27分7秒
  仏との合作とは云へ舞台はイランだし・出演者もオール イラン人。
それで居て数々の賞を獲ってるんはアーサーミラーの著名な芝居を映画に上げた
のも一因なんだろう。最初から賞狙いの作品だと感じ取った。

主人公は高校の国文の教師らしく 別に素人芝居の役者でも有り 妻もヒロイン役だ。
その妻が或る日 何者かに依ってレイプされると云う設定で夫が犯人探しで躍起に
為るのだが・・。ってな物語。役者達が実生活で胸の前で十字 切ってたからキリスト教徒
なんだろうけど それが意外な気がした。

映画の中での芝居の舞台 見詰めながら色々と胸に去来した。
アーサーミラーの妻は短期間とは云へマリリンモンローだったがマリリンも小柄だが
演じてる妻も小柄で何か映画上の思惑を感じた。
映画の中に頻繁に劇団の裏側が見え隠れしてたけど 戦時中の移動劇団「櫻隊」の
舞台裏の逸話が思い出された。特に官憲に拠る芝居の台詞の削除命令の話など
国や時代が違っても舞台人が味わう悲哀は何処も同じかと思った。
 

「20センチュリー・ウーマン」雑感。

 投稿者:みきお。  投稿日:2017年 9月 8日(金)21時23分4秒
  翌日は月一の連休。かう云う時は子供時分の大人達なら夕刻に映画館だったのを
思い出し珍しく夕方入館してみた。

映画はメリハリの少ないフラットな作品だった。
主人公は1924年 生まれで1999年に死んだと云うシングル・マザー。
その1979年の或る時期の物語。家族の群像劇で最後は21世紀に入って過去の日記を
めくり直すってなエンディングで 思わづ1970年代だったかの「想い出の夏」の
ラストの手法を想起した。

前半部の早い時期にビング・クロスビー バージョンと思われる映画「カサブランカ」の
挿入歌「As Time Goes By」が流れ 後半の最後部で主人公がボギー(ハンフリー・
ボガード)の名を息子相手に出してるのだが 本編のコンセプトは そのままズバリの
「時の過ぎるままに」と云う事なのだろ。
主人公は設定では全米で初めての女性・設計技師だと云うんだが葬式ではルイ(サッチモ)
の歌が流れたと云うし ボギーが好きなら映画のアイカタのイングリッド・バーグー
マンのやうな知的の中にも粗野の部分が有る女性を目指して来てたのかと思った。

カラオケのDAMでは重厚なフランク・シナトラの「As Time Goes By」しか無くて
ビングのやうな軽妙な歌唱ぢゃ無いんだけど 30年近くワンカラで歌ってる此の曲
久しぶりに復 歌いたく為りました。
 

上映希望

 投稿者:きったん  投稿日:2017年 9月 3日(日)00時58分28秒
  トトとふたりの姉の上映を希望します。
北陸で全然やっていただけないようなので、是非、メトロさんで。
 

「メットガラ」雑感。

 投稿者:みきお。  投稿日:2017年 8月26日(土)20時39分16秒
  午前・点滴。午後は整形外科と医者の連荘の後に座席に座った。
絵に描いたやうな美形・美人ばかりで暫し至福の時に浸れた。

映画の後半は米国のファッション界が中国本土に殴り込み みたいな形で
中国側の其の筋の責任者と米国側の民間人の間の やり取りが熾烈で激しかったのが
印象に残ったが 途中で1941年の映画「上海特急」が西洋人が思う中国文化の
ステレオタイプの一つとして紹介されて居て上手い説明だなと感心させられた。
昔 映画評論家の(故)淀川長治サンだったか 或る映画雑誌で「この映画は
西洋人のオリエンタル趣味」みたいに書かれて在ったんで改めて見方に感心した。

宮殿のやうな展示会場は まさにオスカー授賞式の会場みたいで様々なタイプの売れっ子
モデルさんが集まって来てたが その中の褐色肌の子がインタビュ受けてた場面で
ナット・キング・コールの「スター ダスト」のヴァース(曲の導入部の語りの部分)が
映画の背景音として流れて来て臨在感が増した。
実を云えば この曲は私の40代の頃のカラオケのオハコで ワンカラで歌って最後は
この曲で帰ったので最初の2~3小節が流れた段階でナットの「スターダスト」だと
気が付いた。褐色のモデルに白人っぽい歌い方をした黒人歌手の名唱を被せてゆく手法に
唸ってしまった。モデルの子が彼の娘の歌手 ナタリー・コールに一瞬 見えましたね。

映画のナビ的な役割を受け持った「ヴォーグ(誌)」の女編集長もサングラスと肩パットで
颯爽と闊歩し恰好 良かった。若かりし頃は名うての売れっ子モデルだったろうと
偲ばれたが モデルもデザイナーも一様に好きな仕事で目がキラキラしてたのが記憶に
残った。ドキュメンタリだが下手なドラマよりドラマチックで見終えても暫く立てなかった。




 

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